羽曳野市ってどんなとこ?①歴史編 1600年の悠久の時を今に感じる羽曳野市

大阪府の東南部、堺市の東側に位置する羽曳野市。西は、二上山系を経て奈良県に接しています。「羽曳野」と言う名は、『古事記』や『日本書紀』に登場する皇族ヤマトタケルノミコトが没後、この地に白鳥となって舞い降り、天高く飛び立った様子が「羽を曳くが如く」だったと伝わる「白鳥伝説」に由来しているそうです。現在も羽曳野市内には、ヤマトタケルノミコトを祀る白鳥神社、その西には白鳥陵古墳などが点在しています。

羽曳野・藤井寺市域では、古墳時代中期ごろから古市古墳群の形成が始まったと伝えられており、5世紀後半に築造されたこの大型前方後円墳・白鳥陵古墳の他、多くの古墳があり、堺市・藤井寺市と合せて59基が、「百舌鳥・古市古墳群」として、世界文化遺産登録を目指しています。

また、大阪から羽曳野市を経て奈良へと東西を結ぶ「竹内街道」は、大阪府内で初めて、日本遺産に認定されました。「竹内街道」は、日本書紀の推古天皇21年(613年)の条に、「難波(なにわ)より京(飛鳥)に至る大道(おおじ)を置く」と記された「大道」のルートと重なることから、日本最古の官道と呼ばれています。2013年に敷設1400年を迎え、街道沿線の自治体が一体となって、活性化プロジェクトを展開。羽曳野市でも「竹内街道・横大路(大道)まつり」を開催してきました(※1)。羽曳野市内には、「大道」という地名や町名が今でも残っているなど、普段の生活の中に、1400年を経た街道の趣きを感じることができます。
(※羽曳野市HPより参照)(※1、2015年、2016年の開催)

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